企画トップスペシャルインタビュー
東京海上日動火災保険株式会社
取締役社長 隅修三氏

Profile
山口県出身、
1970年早稲田大学理工学部卒業後、
東京海上火災保険(現東京海上日動火災保険)株式会社に入社。
商品開発や法人営業など様々な部門を歩む。
2000年取締役海外本部ロンドン首席駐在員、
02年常務取締役、05年専務取締役を経て、
07年から現職。

暗闇は「明るく」感じた

ダイアログをご体験いただいたのはいつ頃でしょうか?

もう2年程前の夏になります。

体験した感想をお聞かせください。
最初は「暗さ」というものに対して、少し不安感を持っていたのですが、スタッフの方に連れられ暗闇の中に入って、実際に活動していくうちに「暗さ」に対する不安感がまったく無くなったことが印象的です。

不安感がなくなったのはなぜでしょうか?
日常は「目で見る」という事にすっかり慣れていることもあって、暗闇そのものに不安感を抱いたのですが、見えない中で視覚以外のありとあらゆる感覚を使い、そして意識して「コミュニケーションをとる」ことに集中しているうちに、「暗さ」が気にならなくなったように思います。感想を書くときに「明るく感じた」と書いたのですが、そんなイメージがあり、それがとても新鮮で、「暗さ」への不安や怖さというものが払しょくされました。もちろんチームで暗闇を進んでいくという心強さもあったと思いますし、暗闇の中でテキパキとチームをリードするスタッフの方にも感動したことを覚えています。

相手を認めることで初めて対等な関係が築ける

体験前と後で価値観に変化はありましたか?
体験するまでは「目が見えない」という障がいについて触れることをあえて避けてきたように思います。それが、体験を通じて、スタッフの力強さを実感し、「目が見えない」ことへの勝手な先入観が消え、堂々と話すことができるようになっていました。この変化はすごく大きなものでした。視覚障がいを持っている人と「目が見えない」ことについて、堂々と話せるようになったというのは、自分自身がその人とフラットな感覚で対等に話せるようになった、ということだと思います。

「ダイバーシティ」とも関係しますでしょうか?
障がいについて、触れてはいけない、触れたらその人を傷つけてしまうという先入観がありましたが、そうではなく、それを認め、前提とすることによってお互いが対等になれると感じました。様々な立場の違いや価値観を持つ相手と対等になれるということは、ダイバーシティの観点からもとても重要なことだと思います。

暗闇での体験をビジネスシーンで活用するとしたらどんなことがありますか?
これまでに当社役員の半分くらいは体験したと思います。これから他の役員にも広げ、全員に体験させたいと思っています。この1年で、新入社員も導入研修プログラムのひとつとして体験させていますし、営業社員も数十名は体験済みです。今後も例えば異業種企業とのコラボレーションなども活用しながら、時間が少々かかっても全社員に一度は経験させたいですね。

ビジネスの上で何に繋がるかは私もわかりませんし、営業の数字に直結するものではないと思います。しかし、人によって受け止め方が違ったとしても経験した社員は「コミュニケーションとは何か」について間違いなく感じ、考えます。普段は「見る」という事から入り、相手の表情やアイコンタクトによる先入観などによって相手を判断していますが、暗闇でそれらが遮断された時、他の要素で相手を判断し、また自分を理解してもらわなければなりません。これは、日常のコミュニケーションとは全く違うものなのです。

ビジネスシーンにおいては様々なコミュニケーションの場面が、次から次に移り変わっていきます。DIDでは、まったく違う次元からの視野や視点を体感できるのです。DIDを体験した社員は、間違いなく一歩前進するんだろうと思います。利益に繋がるかどうかといった話はここでは関係ありません。

もちろん、これまでもそうですが、今後は今まで以上にコミュニケーションの時代になっていきます。個人にとっても、社会にとっても、相手としっかりコミュニケーションがとれるかどうかがとても大切なことになっていきます。

「対話」についてのお考えをお聞かせください。
先ほどの話にも通じますが、これまで私は目が見えない人に対して、そのことに触れないようにしてきました。しかし、社会全体を見れば、視覚に限らず障がいを持っている人は多く、私のような感覚の人もいっぱいいるわけで、そこでは対等な対話が成り立っていないのです。

日本における「ダイバーシティ」は女性の活躍推進などの意味合いとして使われますが、本来はもっと深い意味のある言葉だと思います。社会には色々な個性を持った人がいて、それぞれのペースというものがあります。それぞれほんの小さな個性もあるでしょうし、誰しもが感じるような際立った個性もある。さまざまな違った個性の集まりで社会全体を構成しているわけですから、社会はこうした個性をチームワークに活かしていくことで、生まれてくる力が大きいと思うのです。社会はそうあるべきです。そのためにはペースの違った個性同士が対等に「対話」することが必要です。

「ダイバーシティ」は女性の活躍推進や人種問題だけでなく、障がいというものをひとつの個性として認めることも大きな要素なのです。しかし、日本はまだまだ遅れています。私は、そういった活動が行えるようにしたいという思いから、グループ企業のひとつとして「東京海上ビジネスサポート*」を作りました。そういうことが当たり前の社会にしていくためには「対話」が必要なのです。私自身も持っていたような「障がい者との壁」を無くすための一つの役割として、DIDがあると思っています。もちろんこれは容易なことではありません。言葉で言うのは簡単ですが、そこには高いバリアがあると思います。しかし欧米などの成熟した社会ではそういうことをやる社会ができてきているのです。

今回の震災で「主体性のない横並び主義」「集団で行動する」などという、いわゆる『日本人論』の通説が崩れていった感じがします。東北の人たちの震災後を「保険」を通して見た話ですが、保険会社として地震直後から契約者に「どうでしたか?大丈夫でしたか?」と被害状況などを聞くためにアプローチをした際「被災したけど、他にもっと悲惨な人がいるから先に対応してあげて欲しい。」といった答えが返ってきました。しかし、後から聞いてみるとその方の家は流されてしまい、ご家族も亡くなっていたというのです。こういった話が一件ではなく、たくさんの方から出てきたのです。

近年、「利己主義だ」「昔の日本人はいなくなった」などと言われていますが、こういう現地の人々や、日本全国から応援に駆けつける人たちの姿などを見ていましたら、日本人が持っている素晴らしさが本当は根底にあり、そうしたものが震災という逆境の中で見えてきたと思うのです。そういった思いがもっと表に出てきた時「ダイバーシティ」という世界がもっともっと変わるのだろうと思っています。

3・11を通じて

3・11を忘れないためにどうしたら良いでしょうか?
人間は忘れる生き物です。そして、忘れられないと耐えられないのです。しかし、その中で、残っていくものこそが本物なのでしょう。

今回3・11の震災で社員が感じたことや社員がとった素晴らしい行動を会社のDNAの中にしっかり入れ込みたいと思っています。そのため、震災が起きた当日からすべての記録を映像に残すと共に、全国の拠点に対し、東北で何が起きているのかを毎日放映し続けました。また、あの時感じたことを写真と合わせて短い文章に纏め、「あしたの力に、変わるものを。」という冊子にして全社員・全代理店・海外の各拠点に配りました。そうすることで、あの時の気持ちを思い出せるような仕組みを作ったのです。

自分でも時々見返すと目が潤んでしまうくらい、あの時社員が感じたことが、その冊子には残っているのです。そういった工夫をしないとほとんどが忘却の彼方に消えてしまいます。もちろん、冊子を作ってもいずれは消えてしまうのかも知れませんが、少しでも永くそれを後世に伝えていくことが我々の使命であると思っています。

*東京海上ビジネスサポート株式会社
障がいがある方の雇用の一層の促進を図るため、損保グループ初の特例子会社として2010年に設立。東京海上グループ各社から事務業務を受託し、グループ各社をサポートしています。